2025-12-01

アジアのお菓子「クエ」のこと ゲスト:古川音さん

今回のゲストは、マレーシアの食やカルチャーの研究をしている編集ライターの古川音(ふるかわ・おと)さん。小道でばったり会ったら気づかないうちに時間が過ぎてしまうであろう音さんと、東南アジアのお菓子「クエ」についてのおしゃべり。

ペナンの市場
ペナンの市場。色とりどりの手作りクエが並ぶ。 photo by Oto Furukawa

アジア菓子の楽しさ、おいしさ

KOEL(以降「K」) 今、シンガポールの「クエ」のことがとっても気になっています。食べるほど、調べるほどにマレーシアのことも気になってきて、音さんと話したいなあと思っていたところなんです。マレーシアでもシンガポールでもクエは身近な存在ですが、日本では知らない人のほうが多いと思うんですね。クエってなあに?と聞かれたとき、音さんはなんと答えますか?

古川音さん(以降「音」) ひとことでいえばおやつとかお菓子、ですよね。どこまでをクエと思うかはマレーシアの中でも人によって違うと感じています。限定的な意味としては、お米を使ったもちもち系の菓子、あるいは一口で食べられるもの、かな。

K 確かに、もちもち系の・・という人は多いですね。「クエ」という言葉より、もとの漢字である「粿」のほうが日本人にとってイメージしやすいかも。米偏に果ですものね。ではまず、もちもち系の話から行きましょう。日本人好みのクエってなんでしょうね?

 真っ先に思い浮かぶのはオンデオンデですね。マレーシアらしい味と見た目、でもあのもちっと感は日本人好みですよね。実際、SNSで紹介すると「大好きです!」「よく食べました!」というコメントをよくいただきます。

K 確かにオンデオンデはみんな大好きですね。なんといっても中からぷちゅーっと黒蜜が出てくるのが楽しい。シンガポールだとアンクークエもかなり人気があります。

 アンクークエもおいしいですよね。ただ、中国系のイメージなので、マレーシアを代表するお菓子という感じではないかな、と思います。

K なるほど!ルーツを考えてもそうですね。その分日本人には親しみやすいのかもしれません。

オンデオンデ
オンデオンデ。やわらかな生地の中からヤシ砂糖の蜜がとろり

 マレーシアの菓子でもちもち系の代表格といったらやっぱりクエラピスですね。シンガポールではあまり食べない?

K いや、食べます。ただ、焼いてあるクエラピスのほうが日本人はよく食べている気がします。バームクーヘンに似ていて買ってみようと思った、とか。

 生菓子のほうのクエラピスはあのカラフルさに驚く人もいますよね。お店にもよりますが、もともとはバタフライピーの青とかパンダンリーフの緑とか、自然な色から抽出しているものも多いのですが。

K 慣れるとあの色が恋しくなりますよね!

アンクークエ
アンクークエにはアン(紅)の他にもいろいろな色があり、お祝いや供え物など用途が分かれている。写真はトアパヨ(シンガポール)のアンクークエやさん。2009年ごろ撮影

「家庭の味」としてのクエ

K 音さんはクエはどんなところで食べますか?

 うーん、旅行中で時間があまりないときは、行きやすいショッピングモール内のクエ専門店で食べることが多いのですが、住んでいたころによく行っていたのは、ホーカーセンターなどにあるクエの出店。作っている人がその場で売っているという感じで、値段もメニュー名もなく、指さしで買います。旅の間も、市場を訪問するとかなりの割合でクエ店はあるので、見つけたら買う、出会ったら買う、という感じですね。

K 確かにマレーシアを歩いていると、小さな出店をあちこちで見かけますね。シンガポールよりさらにクエが身近な感じです。みなさん、家で手作りしたりもするのでしょうか?

 はい、作ったものをご近所さんにあげたり、みんなで集まって作ったりしてますね。

K シンガポールでもちょっと前まではそんな感じだったようです。考えてみたら、日本でも70年代くらいまではおはぎとかお団子とか、わりとどこの家でもふつうに作っていましたよね。音さんは家庭で作ったクエを食べたことはありますか?

 あります、あります。最近の話でいうと、2年前にマレーシアの北から南まで歩いて、いろいろなお宅で料理を作ってもらったのですが、そのときにも。料理研究家のところでクエ作りをしている人なので、家庭の料理とは言えないかもしれませんが・・。そのときに一緒に作った「クエバンケット」がとてもおいしくて(レポートはこちら)。今までそのおいしさを知らなかったので、目が覚めた気分でした。

K クエバンケット!私もじつは作ったことがあります。きれいに型抜きできたのに、焼いているうちに膨らみすぎて全部同じ形になってしまったという・・

 ああ、あのかわいい形も魅力のひとつなのでそれは悲しい(笑)クエ・バンケット、けっこう奥が深いなと思います。

K 最初に食べたとき、子どものころによく食べた卵ボーロみたい!と思いました。卵ボーロは片栗粉だけど、クエバンケットはサゴ粉とタピオカ粉。その食感の微妙な差とパンダンリーフの香りが大きな違い。

 粉を炒めるときに使うんですよね、パンダンリーフ。

K そうそう。パンダンリーフは日本でもだいぶ手に入りやすくなってうれしいですね。でも、新鮮なココナッツがないのはクエ作りに圧倒的に不利だなあと。

 冷凍のココナッツ、試したことあります?香りも高くておいしいですよ。

K おお、冷凍ココナッツ!これはいい話を聞きました。このあとすぐに買いに行っちゃいそう!

bangket
音さんが教わったというマレーシアのクエ・バンケット。かわいい! photo by Oto Furukawa

多民族社会をクエがつなぐ

 そういえば、日本人が好きなクエといえばパイナップルタルトも外せませんね。

K 日持ちするからおみやげにぴったりなクエでもありますね。そういえば以前「アジアごはんズ」のおやつ食べ比べイベントで音さんがパイナップルタルトを作ったとき、みんなであれこれ話したでしょう?そもそもパイナップルはいつアジアに入ってきたのだろう、とか、オランダの影響とか。クエの歴史的背景をもっと知りたいと思ったのは、あれがきっかけだったかも。

 そうでしたか!

パイナップルタルト
ギンモー市場(シンガポール)のパン屋さんで買ったパイナップルタルト。

K パイナップルタルトに限らず、クエにはいろいろな背景がありますよね。あの小さなお菓子に東南アジアの歴史と文化がぎゅぎゅっと詰まっていると思うと、もう愛おしくてしかたなくなります。

 本当にそうですよね。それと、料理に関していえば、マレー系、中国系、インド系では食の嗜好や伝統、禁忌が人それぞれ違うのですが、菓子はそういう分け方がほぼなくて、みんな「マレーシアの菓子」として大事にしているのがおもしろいなあ、と感じます。クエが多民族社会をつなぐ役割を果たしているのかも。

K とてもいいですね、その視点!食べものが果たす役割って大きいと思います。いろいろな民族と宗教、それぞれの伝統や習慣の大切さが、食べものを通して感じられるところも東南アジアの魅力ですよね。
ところで音さんはマレーシアの食べものについて、いろいろな視点から分類したりもしていますよね。マレーシアは広いので、料理の解釈とか食べ方が場所によって違うこともあるのではないでしょうか。

 そう、ちゃんと歩かないと分からないと思い、2023年に北から南まで120食くらいの食べ歩きをしました。そのときに出会った人、料理、そして文化について1冊にまとめたいと思っているんです。

K いいですね!音さんならではの感じ方や見方があると思うので、そこも楽しみです。旅日記のような本になりそうですか?

 はい、まさにそんな感じです。じつは今回、もうひとつ新しいことに挑戦していて。出版専門のクラウドファンディングがあって、そこで先行予約のような形で本を作ろうと思っているのです。

K 出版専門のクラファン、音さんの活動で初めて知りました!今、紙の本を出版するのはなかなか厳しい時代ですが、やはり1冊にまとめてこそ分かることもたくさんあると思います。私は家庭料理に興味があるので、北から南まで個人宅におじゃましてごはんを食べた、と聞くだけでわくわくしてしまいます。ぜひ出版にこぎつけてほしいと思います。応援していますのでがんばってください!


※古川音さんの『食から探るマレーシアの魅力(仮)』のクラウドファンディング詳細ははこちら。
12/15まで!
サウザンブックス社(SEN BOOKSシリーズ)
https://greenfunding.jp/thousandsofbooks/projects/9048


古川音さん プロフィール

熊本生まれ。編集ライター、マレーシア食文化研究家。2005〜2009年、マレーシアのクアラルンプール在住。マレーシアの多様な民族が多様な価値観をもったまま暮らす社会に魅せられ活動中。著書に『地元で愛される名物食堂 マレーシア』(地球の歩き方 / 現在はKindle版)、『ナシレマッ』(マレーシアごはんの会)、取材・執筆『地球の歩き方 マレーシア編』(ダイヤモンド社)など。
Instagram @oto_furukawaマレーシアごはんの会マレーシア文化通信 WAU

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