2024-05-04

やっぱり本屋が好き

インド・チェンナイのHigginbotham’s

Text by Takashima Keiko

シンガポールも独立系書店が増えている

旅先で本屋に寄るのが好きだ。読みたい本、読める本がなくても眺めているだけでほっとする。つい歩き回ってしまう旅の最中、ちょっと一息つくのにぴったりの場所でもある。
4年ぶりのシンガポール、日本と同じでチェーン店や大型書店は少なくなったが、かわりに独立系書店が増えている。入って5分で気になる本が何冊も見つかってしまったのがダクストンロードのBook Bar。読みたい本が確実に目に止まるちょうどよい広さ。奥のカフェも居心地がよさそうだ。

ダクストンロードのBook Bar。おすすめ本には手書きのレビューが。

公式サイトによれば「アジアの伝統とシンガポール文学にフォーカスした独立系書店」である。シンガポール文学というジャンル、なんだか新鮮。どんな書き手がいるのか気になり、手書きのレビューを拾い読みしてみる。多民族・多宗教国家ならではの日常だったり、60〜70年代の古き良き時代が舞台だったり。うむうむ、惹かれるテーマばかりだ。
翻訳機能を使いながらつらつら読むなら電子版のほうがずっと便利、でも装丁もかわいいし紙質もいい感じだし・・・と頭の中の言い訳が止まらない。料理本も充実していて、いつの間にか数冊抱えてレジに。こんなふうにふらっと入った外国人にも敷居が低く、ディープ過ぎない選書ってなんだかとてもいいなあ!と感心してしまう。
本の会計はカフェのカウンターで。この日、お店のスタッフはたった一人で忙しそうだったけれど、みんなゆっくりと本を選び、のんびり朝食を楽しんでいる。誰も急がないし、急がせない。

マックスウェル周辺。見どころがたくさんあるにも関わらず落ち着いた雰囲気を保っている。

このエリア、マックスウェル駅ができたことで旅行者も格段に行きやすくなった。ショップハウスが立ち並ぶ風景は美しく、チャイナタウンの周辺ながら、ヒンドゥー教のスリマリアマン寺院や、南インドのコロマンデル海岸からやってきたムスリムが建設したモスクもある。1日いても飽きないエリアだ。

紙の本が満たしてくれるもの

チャイナタウンに向かう途中、友人に教えてもらったBooks Beyond Bordersにも寄ってみる。ネパールの雑貨や写真とともに、じつにさまざまなジャンルの本が並ぶ。何冊もの本を抱えてなおかつ宝探しに余念のない人、ソファでくつろぎながら本を読む人。本が好きな人が集まってくる場所だということは一目で分かる。 聞けば、ここは寄付本ばかりを扱う書店なのだそう。売り上げの一部はネパールへの寄付に充てられるという。棚はざっくりとジャンルやテーマで分かれているが、なんとなく個人の書棚のような温かみを感じるのはそのせいかもしれない。シンガポール人の読書傾向が見てとれるようでなかなかおもしろい。考えてみると、個人の寄付本というのは市場に出回る前の初出しばかりなわけで、ひょんなことでお宝が見つかる可能性も高いのかもしれない、と思ってみたりする。

Books Beyond Borders、居心地のよい店内。

本屋めぐりはいつだって楽しいけれど、ひとつ困るのはどうしても荷物が重くなること・・。ミュージアムショップで図録も手に入れたかったこの日は、結局数冊の本をあきらめることに。
そして再び思う。読むだけなら電子書籍でもいいのだ。けれど、手に取ってみるとどうしたって「今、ここで」買いたくなってしまう。この心理はなんだろう? ひとつ言えるのは、紙の本には物欲を満たす力もあるということ。その満足感は食器や洋服やバッグを買うのと変わらない。うんうん、やっぱり買おう。

インドの書店で気づいたこと

本屋に行くことは、その街を知ることでもある。このあとに旅したインドのチェンナイでも観光がてら本屋を探す。タミル語は一文字も読めないけれど、料理本なら見るだけでも楽しめるし。
ところが。たまたま立ち寄った中規模書店にはタミル語の本がない。そして、棚の大半は世界のどこでも見かけるようなベストセラー。そういうことか・・。これは真剣に探すしかなさそうだ。ひとまずマップで調べると、1844年から続く老舗の書店がある。よし、行ってみよう。

現存するインドの書店でいちばん古いと言われるHigginbotham’s

Higginbotham’s。創業は19世紀だが、この建物に移ったのは1904年だそう。高い天井に美しいステンドグラス。不思議に落ち着く空間だ。
ここでタミル語の本は見つかった。でも、料理本がない。あるのはストックのように横積みされている数冊。お店の人に聞くと、やはり案内されたのはそのコーナーだった。それならと一冊広げてみると、装丁も中身もなかなかユニークで出版も比較的新しい。しかし分厚くてちょっと怯む。なにせインド旅の初日なのだ。
ぐるぐると歩き回ってふと気づく。「横積み」は日本だと雑な感じがしてしまうが、この地では主要な並べ方のひとつなのかも。高温多湿の地域ではうっかりすると本は湿気で膨らんだり反ったりしてしまう。それを考えると横積みはかなり理にかなった並べ方なのではないか?平積みのように場所を取ることもないし、なにしろ文字が横書きなのだから、縦に並んでいるより見やすい。そして、気づく。ほとんどの本は「斜め積み」にされているではないか!なるほど、横積みは取りにくいという最大の欠点がこれで解決する。

タミル語の本の棚は全体の10分の1程度。ここも下段は「斜め積み」。

と、どう考えてもよけいなお世話なことを考えているうちに、一冊の本が目に止まる。「Coromandel」。まさに今回目指した地。シンガポールにやってきたインド人の多くがコロマンデル地方出身だし、カラムカリと呼ばれる手描きのインド更紗はコロマンデル海岸近辺で作られ、東南アジア経由で日本までやってきた。そのコロマンデルを有するチェンナイに今私はいるのだ。この本を買わずしてどうする?・・と衝動買い。レジに持って行くと、イギリスの出版社の本なのに、日本で購入するよりずっと安い。えっ、どうして?

Coromandel(Charles Allen著)の裏表紙

ざっくり調べて分かったのは、同じ内容の出版物でも国際版と南アジア版があるということ。ジェトロ・アジア経済研究所のコラムによると「欧米とインドの両方に拠点を持つ出版社などで、同じ内容の書籍を南アジア市場向けに安価に発行しているのが南アジア版」なのだそうだ。なるほど!よく見るとこの本にもその表記がある。こんな知識の寄り道ができるのも旅の醍醐味。本屋めぐりはやっぱり楽しい。


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